「点字とであって」
わたしの人生にさしこんだ一条の光
15年3月10日藤野高明先生の講演会が企画開催されました。
名古屋でもこういう講演会が開かれるということはすばらしいと感じます。
参加者の感想など、ここに取り上げました。
〈感想〉
藤野先生の講演会に参加させていただきました。
小学生低学年で "戦争"という時代を体験され、二重障碍の原因となった爆発事故の様子を藤野先生は、お話してくださいました。
ご自身の身体以外に、いっしょに居合わせた弟さんを 亡くされたという辛い現実をうかがい、私には想像を絶する大変な体験をされたのだと思いました。
でも、藤野先生はとても前向きで、点字にであってからの人生についてユーモアをまじえてお話をしてくださいました。
先生が最後におっしゃった「父、母、妻、子供、恩師、友人に 支えられてきた人生・・・生きてきてよかった」という言葉は、大変 重みを感じました。
ほんの少しですが、点字の勉強をし始めた私でも、同じような障碍をもつ方のお手伝いが何か出来ればと 強く感じました。
藤野先生のお話に引き込まれた、あっという間の2時間でした。
このようなお話をうかがえる機会を 作っていただき ありがとうございました。
(みなづき会 会員)
両目が見えず、両手首から先がない。
その人が、勉強して、働いて、自分の力で人生を歩んできた、わたしには衝撃でした。
わたしの考えでは、それだけの条件がそろえば、周りから助けてもらうだけの人になっているはずです。
でも違いました。
唇で点字を読み、勉強し、大学に進み、やがて教師になる。
なみたいていのことではなかったはずです。
しかも何かひとつするたびに、自分の障害と周囲の固定観念、そのふたつと闘わなければなりませんでした。
当時の大学は障害者は門前払いだったので、自分の障害をかくして受験し、通信教育の講座をうけたそうです。
たったひとりの勉強は孤独だったそうです。
これは、ご本人もおっしゃっていましたが、不合理です。
能力のある者が、身体に障害があるというだけで拒否されるのです。
他のことがらでも同じだったろうことは、想像に難くありません。
もちろん、お一人ですべてを解決してきたわけではありません、周りに助けてくれる人がたくさんいました。
でもそれは、ご本人が前向きで、他者を感動させ動かすだけの、情熱や真摯な姿があったからだろうと思います。
もし自分だったら、ひねくれて、周りから腫れ物にさわるような扱いを受ける人間になっていたでしょう。
希望をもち、あきらめず、困難をひとつひとつ乗り越えながら進んできた姿に、すごいとしか言えません、他に言葉が見つかりません。
社会が能力ある人間をつぶしてしまうことは、もちろん問題ですが、
わたしは、それを跳ね除けて前に進む人がいるということに、感動しました。
(はづき会 会員)
私は残念なことに藤野高明先生のお話を直接聴講することは出来ませんでした。それでも幸運なことにラジオ放送の声をお聞きすることができました。
人は皆いろんな出来事を体験しながら人生を進めていくのですが、藤野先生の体験とその後の生き方はただただ驚嘆の人生といえますね。
点字に出会うことで自分の人生を積極的に取り組んで行かれたお話は、わずかではありますが点訳をさせていただく私にとって、目に頼れない方々にとって今まで思っていた以上に点訳が大きな役目を持っていると知らされたように思いました。
こういうお話を聴ける機会は多くありません。この藤野先生の講演会を計画されました六点会さんに大きく拍手喝采したいと思います。(大樹会 会員)